「は、独立したい?」
黒い女は赤い女の言葉に呆気にとられ紅茶をこぼし、「あちっ」と悲鳴を上げる。
涙目で紅茶を零した脚をさする黒い女に、わなわなと握り拳を震わせて赤い女は言った。
「夜会が潰れた今、お師匠様に対する『この躯』の誓約も関係ないはずじゃ
ならば今のうちにと思うてな…
長かった、この一年…孤独に狂い死んだあの1200年よりも果てしなく長く感じたぞ
この躯に入れられて、無理やりにお師匠様と呼ばされ
パシらされるは基本引きこもらされるは変な実験に使われるわ…」
「あらあらぁ、もうすぐ新作の薬の実験にも使おうと思ってたのにぃ♪」
赤い女に追い打ちをかけるように、けらけらと笑いながら黒い女は笑った。
「それは、合意とみてよいのかのう?」
「否、実験には付き合ってもらうわよん?
そうね、その仮初の手足でも抉ってもいでやれば心身ともに服従し直すかしらねぇ?」
黒い女の挑戦的な見下した笑みに、赤い女はぎりりと奥歯を噛みしめる。
「上等じゃ 逆にこちらがぬ…おし…お師匠様を屈服させ…このふざけた刷り込みも返上させてもらうぞ
この躯とメイベル・モルガーナの名は頂いて行ってやるがな!!」
赤い女と黒い女は同時にカードを構える。
赤い女…メイベルの体から赤黒い怨念と妖気を立ち昇らせ
黒い女…メイガスは椅子から立ち上がり壊滅的な笑みを浮かべる
「そりゃ都合が良すぎるぜぇえ?お姫様、私は悪い魔女メイガスよ?
声帯を喉ごと此処に置いていく覚悟でかかってこいよ」
「「イグニッション!!!」」
ギィン!!と、同時に武器を打ち付ける音とともに両者の間が開かれ、紅茶を乗せた机と椅子が吹き飛ばされる。
それさえ構わず、メイガスはその手に握られた杖の先、不気味に黒く輝く正方形の宝石をメイベルに向け
その黒い光で瞬時に複雑な魔方陣を描く。
「右方に炎、前方に雷を配し循環せよ」
杖から溢れる暴力的なまでの魔力が主である魔弾の射手に注がれていく。
「撃つ暇など与えると思うてか!!」
それと同時にメイベルは周囲に紅色の護符(タリズマン)をばらまいてその地に脚をダン!!と叩きつける。
すると空気の流れとともにメイベルの周囲20mが不可視の迷宮と化した。
「甘えよ、それが敗因よ
∴(ゆえに)、その可能性を否定する!!」
メイガスは魔力を魔方陣に巡らせ、完成した術式で空間を歪ませる。
やがてその歪みは蒼い歪みの塊となり、魔弾といえる物体となる。
そして杖を振りメイベル目掛けてその魔弾を発射した。
魔弾は不可視の迷宮に触れる、すると初めから迷宮など存在していないかのようにもろく崩れ去り、メイベルの周囲の護符が一瞬で灰となる。
「何っ!?ぎあぁっ!!?」
驚愕に目を見開いた時にはもう遅い、メイベルの眼前には蒼の魔弾。
メイベルは正面から歪みの塊を食らい、悲鳴を上げる。
しかしそれで魔女の追撃は止まらない、メイガスはメイベルの動けないすきにその一瞬で距離を詰め
杖を逆手にしてレイピアのように構える。
「ハイ、これでおしまい」
「…おぬしが、な!!!」
余裕の笑みを浮かべるメイガスへ向けて、メイベルはしびれる体に鞭打たせて腕を振り上げる。
否、それは腕というには大きすぎる。
異世界からの来訪者、土蜘蛛の代表的装備である赤手…
それも、メイベルの魂の根源を象徴する異形の目玉のような宝玉をいくつも付けた赤手に
メイベルに全身から溢れる赤黒い妖気を纏って振り下ろす!!
二人の居場所を中心に、地面にいくつものひびが入る。
「…っち、防がれおったか」
「冗談、半分も防げてないわ」
自嘲気味におどけた笑みを浮かべるメイガスの片腕は、ひどい火傷を負って抉られたような傷ができていた。
メイベルはその異形の心でさえメイガスの平常さにゾッとする。
そんな傷を負って、メイガスは表情を全く変えていないのだ。
痛みは、すべての生物が根本的に恐れるものだ
人間には痛みを快楽著する酔狂な輩もいるが、それもあくまでお遊び程度の苦痛である。
そんなものではない、殺しあいに負った身体の欠損にここまで無関心でいられる生き物はこの世にもあの世にも存在しない。
元は来訪者であり、土蜘蛛であり、ゴーストであり、異形の者であるメイベルでさえ
メイガスの『異常』に一瞬でも恐怖を禁じ得ないのは、生物として当然のことなのだ。
「そろそろ本気を出そうかしら…?
少なくとも貴女の使ってるその躯(心臓と脳みそ)は、後々の計画に重要な物でね
そいつだけでも置いてって、あとは魂だけでも地獄へ行くなりまたゴーストになるなり好きにしなさいな」
メイガスは三日月のような笑みを浮かべ、懐から黒い宝石を取り出す。
「イグニッション」
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