奈良県、ある寺の電話が鳴る。
とたとた、黒い髪の少女が対応する。
「はい。」
「やっ♪元気でやっとるか、ヤエカ?」
ヤエカと呼ばれた少女は首を傾げる。
「…あの、どちら様でしょうか?」
「な…私や私。
今侠角衆のヤオちゃんに電話かける人物いうたら
一人しかおらへんえ♪」
無表情な少女の顔が少し明るくなる。
「恩方様、ご機嫌麗しく存じます。」
「にゃあ、相変わらずやなぁ♪」
侠角衆の燕糸・八尾(えんし・やお)、集中講義が終わった後
ある目的のために奈良県へ転校した者…その一人。
外見年齢は踊壺よりも上だが戦争の少し前に進化したばかりで踊壺と八重架が親代わりだった。
時々かかって来る踊壺からの電話は彼女にとって最も楽しみにしている時間の一つである。
「おじさん達の様子はどや?」
「九段様達も、大分回復なさっております。
戦争の事もほぼ忘れておられるでしょう。
学園祭?までには、また転校できると思います。」
「…そか…それは楽しみやなぁ♪」
そう言った踊壺の言葉には、心からの期待…それと同時に寂しさをどことなく感じさせた。
「…よろしいのですか?
本当の事を九段様達に忘れさせて…
私は、この一年八重架様の代わりとして燕糸の家にいました。
でも、恩方様がどれだけ苦しんでいるにも関わらず
彼等は次第に全て忘れていく…」
ぎゅう…と八尾は電話を握る手に力を入れる。
その音は、八尾がどれほど踊壺の事を思い…またどれほどそれが八尾にとって辛い事かを物語っていた。
「…ええんよ、元々それが正しいんや。
それに、いくら狂気に侵されとったって娘が急に亡くなってたなんて…」
…可哀相やろ…
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