それは今治解放戦でのこと
激戦の今治城を八尾は走っていた
帯刀の戦死…それはこの戦場を潜る者なら全員が知ることとなる
八尾もまた、眠るように横たわる帯刀の亡き骸に一礼しこの階まで登ってきた
敵とはいえ、その死を無駄にするわけにはいかない
ただでさえ彼の行動はあの時の八重架と大きく重なるのだから…
「今度こそは瑞貴様を止める…止めてみせる!!」
葛城の女王と同じ道を歩ませるわけにはいかない…
東北の女王がこれ以上許されざる罪を負い
その命で償わされることがあれば、それは自分達の存在否定につながってしまう
特に…踊壺自身の否定に…
その八尾の前に、一人の少年が立ち塞がった…
「…待て、そこの鋏角衆」
八尾は思わず足を止める、木製の廊下とブーツのこすれる音が廊下に響く
理由は少年が放つ只ならぬ妖気、それは土蜘蛛の巫女や鋏角衆の放つそれではない
土蜘蛛…踊壺と同じく白い髪に紫の瞳を持つ土蜘蛛だった
「…そこをどいて下さい、今の私は土蜘蛛様とて止める義はありません」
「いや、命令じゃない…敵に対する威嚇さ、それにこっちは一応護衛だからな」
八尾は、そう言って喋る少年に違和感を覚える
妖気はただならない…が、土蜘蛛の標準武器たる赤手を装備していない
詠唱兵器は…何処にある?
「若い葛城の鋏角衆、手合わせ願うよ?」
障子を貫き、平たい何かが八尾を襲う
「…!?」
鋼鉄の飛斬帽『仏法僧』で何かの攻撃を弾き、それを地面に叩き付ける
それは、水墨画で描かれた銀誓館学園の生徒の『絵』
「…絵画!?…スピードスケッチ!!?」
この少年は土蜘蛛、しかし同時にコミックマスターの能力も持っていると八尾は悟った…何故?
否…経緯はどうでもいい、不明瞭な点が多い分この少年は危険だ
「東北は土蜘蛛の画才、神路・松峻(かみじのしょうしゅん)…参る」
少年…神路・松峻は懐から和紙を取り出し、放り投げる
パラノイアペーパー…土蜘蛛の代では通常存在しえぬ術技を
この少年は編み出しているのだ
「…チッ!!!」
八尾は術の発動前に発動効果の外に跳び退く
一瞬の後、暴力的な数の土蜘蛛の王国を描いた水墨画の紙が
廊下の木材や障子を切り裂いた
そして、術の効果が切れて動かす力を失い舞う紙の嵐を突き抜け
そこらの杖程はあるだろう長さの筆に妖気の炎を宿し松峻は八尾に襲い掛かる
受け止め、弾き、八尾もまた名乗りを挙げた
「葛城は燕糸出雲の鋏角衆、燕糸・八尾…受けて断ちます」
その名乗りを聞き、松峻は目を見開き
少し顎に手をあてがい考えた後、筆を捨てた
「…辞めた」
「…………へ?」
松峻の突然の発言に八尾も間の抜けた声を上げてしまった
「…燕糸の子孫は無事にやってるのか、それなら某もこちらにいる意味はない」
「…あ、あの?」
ぶつくさ呟きながら八尾の横を通り抜けていく松峻を八尾が呼び止める
「あの、燕糸の子孫って…まさか八重架様の事…ですか?」
「それが巫女のことなら…そうだな、おとなしく投降するよ」
あっけらかんと答え、去っていく松峻を見て呆然とし
思い出したように、八尾は再び廊下を駆け出した。
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